花の都と経済危機
セーヌ右岸のパリ9区。
白亜のサクレ・クール寺院がそびえ立つモンマルトルのふもとから、繁華街グランブルバール(大通り)まで歩いて15分です。
そこにはユトリロの絵をほうふつさせるような古き良き時代のパリの姿が残っています。
しかし同時に、庶民の住む下町であるだけに、危機に瀕する今日のパリの縮図が見られます。
路上に立つ朝市からでたクズ野菜を拾っている老人たちをよく見かけます。
私は朝、モンマルトル通りにあるいきつけのカフェ・スラバのガラス越しにこの光景をよくながめたものです。
「フランス病」という言葉が生まれて20年余り・・・。
私の目にも危機の病気はしだいに重くなっていくように見えました。
失業者は20年前の40万から6倍化し、232万、10%です。
ミッテラン社会党政権が生まれた1981年には180万、率にして7.5%でしたから1.3倍。
失業者がこれだけあふれている社会が沈滞へ向かうのは当然でしょう。
最近の日米欧委員会報告は、「ヨーロッパは自力では再起できない」と断言、支配層の危機感を隠していません。
フランス経済の停滞、活力の欠如はいたるところで感じられます。
減産と人員削減の大ナタをふるわれた鉄鋼部門は失業と不況の嵐がもっとも強いところ。
ロンウィ(仏東部のアルザス地方)の工場を見学したときも、半世紀以上前につくられた老朽化した設備で、これではコスト高で競争に勝てないと再建の難しさをつくづく感じたものです。
生活面でも、たとえばティッシュペーパーはどのスーパーでも1~2種類で、しかも外資系の製品と決まっています。
そして値段は日本の倍ぐらいです。




